SAPは新しいデジタルエコシステムの一環として、2027年までにSAP ERPユーザーにS/4HANA Cloudへの移行を義務付けました。2018年に移行が発表されてから数年経ちましたが、pwcによるとS/4HANAを導入し始めた企業のうち、25%が実運用段階にあり、25%が概念実証段階に、さらに25%がS/4HANA移行へのロードマップを策定している状況だと言われており、このデータからも迅速に移行を進める必要性が分かります。この記事では移行のタイミングや移行するべき理由、S/4HANA移行のベストアプローチなどをご紹介します。
S/4HANAへの移行はいつ始めるべきか?
SAPによると、SAP社が提供する従来のシステムからS/4HANAシステムへ完全に移行するには、通常1〜2年かかるとされていますので、この推定所要期間を元に移行プロセスを開始する最適なタイミングを慎重に検討することが必要です。しかし、多くの企業では2年以上かけてS/4HANAへの移行を行うケースが多くみられており、特に複雑な設定をしている場合は移行作業だけでプロジェクトの計画期間を全て使い切ってしまうことも少なくありません。このような不確実性を考えると、適切なERPソリューションへの移行をできるだけ早く開始することが賢明です。早めに移行プロセスを開始して移行を円滑に進めるための十分な時間とコストを確保することが必要です。
S/4HANAに移行するべき理由
SAPが移行を義務付け
S/4HANAへ移行するべき理由は明確です。一つは2027年でサポートが終了する上に従来のサービスが利用できなくなるということ、そしてもう一つはS/4HANAの高度な機能を効果的に活用するということです。早めに移行に取り組む企業と期限ギリギリまで待つ企業がありますが、早期移行には多くのメリットがある一方、遅れることによるデメリットは非常に大きいため、なるべく早く移行を行うことが理想的です。
多くの企業が移行を遅らせる可能性がある
Infosys、Fujitsu、Panasonicなど、ECC(SAP ERP Central Component)を利用している企業の多くが、2027年まで移行を遅らせる可能性があります。その結果、SAPの専門人材が不足する事態が予想されます。アウトソースで移行をしようと考えている場合、競争が激化することが想定されます。例え必要なリソースが確保できたとしても、需要の高まりによってそのコストが急騰するリスクもあるでしょう。他のERPベンダーに切り替えようとしても、同様のリソース不足に直面する可能性が高いです。また、そのような状況下では収益性の高い案件を優先することが想定されます。システム移行の複雑さを考慮すると、2027年の移行ラッシュに巻き込まれるリスクを避けるためにも、早期に移行を進めることが賢明です。
混乱を避ける
S/4HANAへの移行をギリギリに行うと、品質低下や見落としミス、業務中断、チェンジマネジメントの課題など、多くの問題が発生する可能性があります。今回のような大規模な移行を成功させるには、綿密な計画やデータに基づいた分析、十分な時間とリソースの配分が必要です。移行の期限が迫るプレッシャーがない段階でS/4HANA移行を進め、プロセスの慎重な計画、既存システムの管理、バックアップの確立、潜在的なリスクへの事前対応を行い、柔軟性高く移行プロセスを進めることが良いでしょう。
SAPおよび代替ERPの専門人材不足
現在、S/4HANAへの大規模移行をスムーズに進めるのに必要な専門人材が不足していると言われています。 SAP社のERPのような基幹システムの要件を理解できる人材は日本でも数は限られており、期限が近づくほど専門知識を持つコンサルタントを見つけることは困難になる可能性が高いです。一部の企業ではコンサルタント育成の取り組みも行われていますが、SAPが市場で持つ優位性を考えると、専門人材不足がS/4HANAや代替ソフトウェアへの移行を妨げたり、遅らせたりするリスクも考えられます。
コンサルタントコストの高騰
移行をギリギリで進めると、専門知識を持ったコンサルタントが不足するため、リソース確保がますます困難になり、コストの上昇を招きます。さらに、ほとんどの企業が移行を完了した後には、プロジェクトの可用性が減少し、競争が激化する可能性にも備える必要があります。
IT投資の将来性
SAP S/4HANAへの移行に早めに取り組むことで、早期にビジネスエコシステムのアップデートを実現できます。レガシーERPシステムのカスタマイズや開発を継続的に行うことは、理想的ではありません。SAPは現在、S/4HANAへの投資を積極的に行いながら、SAP ECCのサポートを段階的に終了しています。両システムを長期的に並行して使用することは現実的ではありません。
無駄な投資を避ける
現在のSAPシステム向けのハードウェアやホスティングソリューションへの投資を考えている場合は、再検討が必要です。多額の費用を投じても、長期的には十分なリターンを得られない可能性があるからです。S/4HANAクラウド(パブリック/プライベート)へのアップグレードをすれば、現在のセットアップを維持する必要がなくなり、2027年にS/4HANAへ移行する際の追加費用も回避できます。
S/4HANA移行のアプローチ
S/4HANAへの移行戦略は、企業ごとに適切な方法が異なります。新たにシステムを構築するグリーンフィールドアプローチを選ぶ企業もあれば、既存の業務プロセスへの影響を最小限に抑えつつ、システム全体を変換するブラウンフィールドアプローチを好む企業もあります。
また、グリーンフィールドとブラウンフィールドの利点を組み合わせたハイブリッドアプローチは、システム環境をS/4HANAに統合するアプローチで、大量のデータや複雑なシステムを管理する大企業に特に効果的です。SAP ECCからS/4HANAへの移行における3つの主要アプローチをご紹介します。
- グリーンフィールドアプローチ
グリーンフィールドアプローチ(再実装アプローチ)は、最新のS/4HANAを活用して、従来のプロセスを刷新する方法です。これは、既存のECCシステムをレガシーシステムとして利用しつつ、S/4HANAを一から導入する場合に適しています。ただし、大規模な変更が伴うため、これに抵抗を感じる企業もあるかもしれません。再実装は非常に負担が大きく、時間がかかる可能性があります。特に、効果的なチェンジマネジメントが求められるため、厳密かつ入念な準備が不可欠です。
- ブラウンフィールドアプローチ
ブラウンフィールドアプローチ(アップグレードアプローチ)は、データベースの移行とアプリケーションの変換を行う方法です。既存のSAP R/3やECCなどのレガシーシステムを使っており、現在のデータ管理や業務プロセスに満足している場合、また迅速に導入を進めたい場合に適しています。この方法では、既存のSAP環境を活用しながら、SAP ECCからS/4HANAへ移行を行うため、現行の業務プロセスをそこまで大きく変更する必要がありません。しかし、移行中や移行後に技術的な問題が発生するリスクがあり、SAPが提供している移行プロセスで潜在的なリスクの管理や軽減をするためのツールやガイドラインを参考に検討する必要があります。
- ハイブリッドアプローチ(選択的データ移行)
選択的データ移行では、事前に定義されたルールを使用して、特定のマスターデータやトランザクションデータセットを抽出して移行を実施します。新しい構成設定を行ったり、業務プロセスを改善することができます。たとえば、法的エンティティなどのさまざまな組織要素を設定することで、選択的データ移行をS/4HANAに適用することができます。また履歴データを保持できるため、新しいS/4HANA構成に合わせてこれらのデータを変換および適応させることができます。複雑な移行要件を抱える企業にとって、柔軟性と効率性を備え持つ選択肢となります。
S/4HANA移行のベストプラクティス
S/4HANAへの移行のリスクを最小限に抑え、効率を最大化し、リソースを最適化するためには、以下のベストプラクティスをご参考にしてください。
- 経営陣の支援を得る
S/4HANA移行のような複雑なプロジェクトに対して、従業員や利害関係者からの理解を得るのは容易ではありません。またCIOやCFOなどからは、コストや必要な人的リソース、移行に伴うリスクへの懸念などが寄せられることもあります。しかし、S/4HANAへの移行は進化するビジネスニーズに対応するために必要な施策であり、単なる戦術的なプロジェクトではなく、企業全体の戦略として捉えるべきです。企業内の全員がこの必要性を十分に理解し、適切な計画と実行を確保する必要があるでしょう。 - 外部の専門家を活用する
S/4HANAへの移行には数多くの課題が伴うため、社内人材だけでは移行をスムーズに行うことが難しく、多くの企業が外部の専門家を登用し、ワークロード評価、計画、プロセスマッピング、実装、管理など、移行プロセスのさまざまな側面をサポートしてもらっています。 - 適切な移行アプローチを選択する
SAP S/4HANA移行を開始する前に、移行戦略方針を決める必要があります。自社が取れる選択肢とそれぞれのメリットとリスクを特定した上で、適切なアプローチを選択することが求められます。
- レガシーデータのアーカイブ
SAP S/4HANAに移行する際の準備ステップとして、レガシーERPのカスタムコードをアーカイブすることがあります。ABAPコードの多くは顧客固有であり、作成後に使用されなくなるケースが多いことが分かっています。移行前にこの整理を行うことでERPシステムを最適化し、移行量を減らすことでコストと時間の削減が実現できます。
- セキュリティを優先する
サイバーアタックなどの高度化を踏まえると、変革プロジェクトやアプリケーション開発の初期段階からセキュリティを統合することが不可欠です。SAPのアプリケーションレベルでのセキュリティ対策を怠ると、重大なビジネス影響をもたらす可能性があります。「左シフト」アプローチを採用することで、コードのデプロイやテストではなく、作成段階でセキュリティ検証を組み込むことが可能です。これにより、企業は潜在的なリスクが本番環境で現れることや、開発環境を抜け出すことを事前に防ぐことができます。
S/4HANAへの移行を推進する
移行期限が近づくにつれて高騰するコンサルタント費用、早期移行による混乱の回避、他社が移行を遅らせている間に得られる競争優位性など、S/4HANAへの移行を進める理由は数多くあります。他の数千社がすでに自信を持って活用しているツールに計画なしに急遽切り替える事態を避けるためにも、できるだけ早く移行プロセスを始めましょう。
S/4HANAへの移行やERP製品の導入、刷新による定着化に関するお相談がありましたら、ぜひお問い合わせください。