DX(デジタルトランスフォメーション)プロジェクトにおいて、巨額の投資をしたのに成果を実感できない、という話をよく耳にします。失敗することは必ずしも悪いことではありませんが、同時に先駆者たちの失敗から教訓を学ぶことも重要です。成功事例は多く語られますが、今回はグローバル企業の事例からDXの失敗原因を探ります。また、デジタルアダプションプラットフォーム(DAP)が失敗リスクをどのように軽減し、成功に導くかについても解説します。
DXの6つの失敗例
今回は様々なビジネスモデルを持つ、6社の失敗事例からDXを成功させるポイントを分析します。
ハリボー
ハリボーは世界で初めてグミを製造したことでも知られるドイツの製菓会社です。。同社はDXの取り組みとして、2018年にERPを導入しました。ハリボーはこの導入に数億ユーロを投資し、システムを稼働させましたが、サプライチェーンに混乱が生じ、在庫の位置や原材料の追跡、タイムリーな配送の把握ができなくなってしまいました。その結果、売上は25%減少し、同社は大きな打撃を受けました。複雑なシステム統合を一歩間違えると大きなリスクが生じるという、DXの潜在的なリスクがお分かりいただけるでしょう。
この事例から学べること
- 現実的な目標を設定する
野心的な目標を持つのは良いことですが、現実的で段階的な実施計画が必要です。ERPなどの大規模なシステムの導入においては、数カ月ではなく数年かけて慎重に計画し、徐々に導入していく必要があります。 - 実装前にデータの整合性を確保する
稼働開始前に、旧システムと新システムのデータが正確で整合していることを確認しましょう。ハリボーのように、在庫や原材料が追跡できなくなってしまっては重大な混乱を引き起こします。 - 従業員のトレーニングを徹底する
新しいソフトウェアの導入は、単なるシステム変更ではなく、従業員の業務内容が変わることを意味します。システムの機能を最大限に活用できるよう、徹底したトレーニングと継続的なサポートが重要です
Nike
Nikeも企業のDX推進の一環としてERPシステムの刷新に4億ドルという巨額の予算で乗り出しました。しかしその導入に失敗したことで、1億ドルの損失や、株価の20%の下落、さらに追加で4億ドルと5年を費やしてプロジェクトの修復を試みることとなりました。最終的にNikeはプロジェクトを完了させたと言われていますが、8億ドルをも費やしたこのプロジェクトの正当性には疑問が残ります。
この事例から学べること
- 目的に合った目標に集中する
壮大すぎる目標を掲げると、段階的なアプローチを見失いがちです。システムを必要以上に自社仕様にカスタマイズすると、コストがかかるだけでなく、使いづらく成果を伴わないものになってしまう可能性があります。
- プロセスを最適化する
目的のない大規模なシステムの刷新は失敗します。効率を重視し、データドリブンにプロセスを構築することが重要です。シンプルかつ柔軟性のある運用を目指すことがポイントです。
- 適切な実装を行う
目標、リソース、タイムライン全てを総合的にみてプロジェクトを進めることが成功への鍵です。透明性の高いコミュニケーションを保ち、ステークホルダーとの関係性を維持することも重要です。
米国海軍
2005年、米国政府説明責任局(GAO)が発表した報告書は、米国国防総省内で実施された大規模ITプロジェクトの失敗事例を取り上げています。具体的な部門名は明かされていませんが、ERP導入に関するプロジェクトであることが示されており、残念ながらこのプロジェクトの目標の多くは今日に至るまで達成されていません。
このプロジェクトには10億ドル以上が費やされ、業界を牽引するシステムインテグレーターが関与しましたが、改善はあまり見られません。結果的にプロジェクトの範囲は大幅に縮小され、重要な領域である造船所の在庫管理を除外し、財務部門のみに焦点を絞る形となりましたが、プロジェクト管理やシステムの適合性に問題があったことは明らかです。機密情報のためこの事例の詳細は知り得ませんが、GAOの報告書から大規模なDXプロジェクトを計画する際に心に留めるべき重要な教訓を学ぶことができます。
この事例から学べること
- 明確な目標と現実的な期待値の設定
目標とその達成基準がシステムの能力と一致しているかを確認することが必要です。
- ベンダーの選定とプロジェクト管理の徹底
経験豊富で適合性の高いベンダーとのパートナーシップが鍵です。要件定義をしっかり行い、強力なプロジェクトリーダーシップで成功に導きます。
- 継続的な評価と軌道修正
定期的に進捗を評価し、ニーズの変化に応じた修正を行うことで、プロジェクトの脱線を防ぐことができます。
- ユーザーフォーカスと実践的なトレーニング
ユーザーの定着化を優先し、十分なトレーニングを提供することで、システムの価値を最大化できます。
ワシントンコミュニティカレッジ
2012年、ワシントンコミュニティカレッジは、PeopleSoft導入のためにシステムインテグレーターとしてCiberを選びました。しかし、プロジェクトが軌道に乗り始めた矢先、Ciberが破産を申請し姿を消してしまったのです。
PeopleSoft導入が中途半端に残されたワシントンコミュニティカレッジは頭を抱えました。そこにCiberを買収したHDCが現れ、一時的に希望が見えたものの、多くの努力を重ねた後にベンダー側がプロジェクト中止を決断しました。さらにHDCは大学を相手取り、1,300万ドルの訴訟を起こしました。その主張はワシントンコミュニティカレッジ内部の機能不全がプロジェクトを阻害したというものでした。プロジェクトの失敗は双方に責任があることが浮き彫りとなりましたが、ワシントンコミュニティカレッジの苦難はパートナー選定や、予期せぬ事態への対応力の重要性を表しています。
この事例から学べること
- ベンダーの徹底的な精査
基盤の弱いパートナーに依存しないために、入念な評価プロセスが不可欠です。財務の安定性、実績、顧客満足度を徹底的に調査し、信頼できるベンダーを選定しましょう。
- 想定外の問題への準備
潜在的な混乱や遅延に対応するための緊急時対応計画を立てておくと良いでしょう。
- コミュニケーションの徹底
ベンダーとオープンで透明性の高いコミュニケーションを維持することが、問題の早期発見と解決の鍵です。
Nokia
2013年9月、Nokiaは72億ドルでハンドセット事業をMicrosoftに売却しました。この取引は、Nokiaの歴史を振り返ると甘くも苦い出来事と言えます。Nokiaは長い間柔軟に事業を転換してきました。製紙業やゴム靴事業を切り離し、携帯電話の設計・製造に注力し、1990年代にはコングロマリット構造を簡素化し、通信分野に焦点を当てました。1996年にはスマートフォンのプロトタイプを開発し、90年代後半にはタッチスクリーンを構想するなど、イノベーションに多額の投資を行い、柔軟に推進していました。
しかし、最大の課題はその優れた技術を「消費者の欲求」に結びつけることでした。Nokiaはハードウェアの分野では強大な存在でしたが、その中核にあるソフトウェア開発は軽視されていました。Nokiaの開発プロセスはハードウェアエンジニアが主導していた一方、Appleは、ハードウェアとソフトウェアを一体として捉え、多分野のチームがデバイス全体のユーザー体験を設計しました。これにより洗練されたデバイスだけでなく、ユーザーの求める統合された体験が生まれたのです。
この事例から学べること
- ソフトウェアの重要性
ソフトウェア主導の現代、ハードウェアを優先しすぎることは致命的です。ユーザー体験のシームレスさ、直感的なインターフェース、そして充実したアプリエコシステムに重点を置きましょう。
- 部門間連携の推進
部門間のサイロを排除し、エンジニア、デザイナー、マーケターなど様々な部門を交わらせて協力を促進し、ユーザーのニーズや欲求に応えるデジタル体験を創り上げましょう。
- スピード力
社内プロセスや内部のヒエラルキーが市場の変化やユーザーの嗜好に的した変革を妨げないよう、スピード力を持って機敏に動くことが必要です。
Co-operative Bank
Co-operative Bankの失敗事例は、中でも有名です。2006年、同銀行は380万ドルを投じてインフラの全面刷新を目指し、英国の銀行として初めてコアバンキングシステムを完全に置き換えるという壮大な目標を掲げました。しかし、その結果は19億ドルもの損失に終わりました。
コアバンキングシステムを置き換えることは、稼働中のコンピューターに開胸手術を行うようなものです。急激な刷新のリスクを過小評価してしまい、様々な問題が連鎖的に発生しました。
さらにこの取り組みの途中でリーダーたちが離職してしまったことに加え、経営陣もこのプロジェクトへ関与していなかったため、プロジェクトを進めるべき方向性が不明瞭になった上に、専門知識の欠如し、組織全体の課題解決能力が著しく損なわれました。
また、計画が未完成のまま進められ現場でその都度変更が加えられたことも致命的でした。明確なロードマップやそれに対する取り組みが明確化されていなかったことで、スコープが拡大し、予算超過などの問題も発生しました。
この事例から学べること
- 達成可能な目標の設定
プロジェクトの複雑さや自社の能力を慎重に評価し、現実的な目標を掲げることが重要です。
- 一貫性のあるリーダーシップ
プロジェクト開始時から一貫した強力なリーダーシップが不可欠です。
- 柔軟かつ安定したロードマップ
柔軟性は重要ですが、明確なロードマップを計画する必要があります。適応性を持ちながらも明確な計画を持つことで、予期せぬ課題に対応しながらプロジェクトを進めることができます。
DXが失敗する主な理由
DXの失敗には多くの理由が考えられます。自社固有の問題に感じることがあっても、失敗の理由にはパターンがあります。特に失敗する企業から多く挙げられるのが、「KPIの不一致」です。組織全体のKPIがDXのKPIと整合していないことが、失敗を招く大きな要因となります。
- KPIの不一致
- テクノロジーの誤った運用
- リーダーシップのDXに対する準備不足
- リスクマネジメント不足
- トレーニングとスキル不足
- 業務の柔軟性の欠如
- 成功を測定するツールの不足
- コンプライアンスとセキュリティ不足
- チェンジマネジメント戦略の欠如
- DXの専門知識の欠如
KPIの不一致
たとえばコンバージョンではなくウェブサイトの訪問数だけを追いかけていては、穴の空いたバケツに水を注ぐようなものです。KPIを厳密に検証し、それが狙う目標につながっているかを確認する必要があります。
テクノロジーの誤った運用
要件定義を怠り適切でないテクノロジーを選定してしまったり、統合を失敗してしまうとデジタルツールが機能不全に陥り、使いにくいワークフローや孤立したデータサイロが問題を悪化させ、リソースの浪費へと繋がります。DXには明確なビジョンと適切な実行が不可欠です。
リーダーシップのDXに対する準備不足
リーダーが推進力を持たずに、アクションが停滞すると従業員のモチベーションは低下してしまいます。目標を明確化し、チームを巻き込んで変革するようなビジョンを持ったリーダーが必要です。
リスクマネジメント不足
予期せぬリスクは避けられないものですが、柔軟性が解決の鍵となります。柔軟なマインドセットで問題を推進力に変え、成功へ導く力を組織につける必要があります。
トレーニングとスキル不足
スキルアップとトレーニングへの投資は必要不可欠です。チームが自信を持ってDXに臨めるよう、新しいツールのトレーニングはもちろん、定着化を全力で支援することが求められます。
業務の柔軟性の欠如
柔軟性のないプロセスや固定されたワークフローは様々な遅延を引き起こします。継続的な改善をし続け、データドリブンかつ迅速、柔軟な変更を繰り返すことが必要です。
成功を測定するツールの欠如
DXが成功へ向かっているかを判断するには測定ツールが欠かせません。定量的なデータを元に隠れた非効率性のポイントを明らかにしたり、重大な課題が露見する前に軌道修正を行うことで効果検証を行いながら推進することができます。
コンプライアンスとセキュリティ不足
セキュリティ対策やコンプライアンスは、サイバーリスクや予期せぬ問題から組織を守ります。
DXとセットで対応する必要があります。
チェンジマネジメント戦略の欠如
DXとチェンジマネジメント戦略はともに補完し合う関係性にあります。大きな変革の中で従業員やユーザーを混乱させたり、変化に抵抗心を持たせないように適切なチェンジマネジメントを行います。明確なコミュニケーション、トレーニング、サポートに投資し、チーム全員で一致団結してDXを進めます。
DXの専門知識の欠如
特に大きな変革の場合はDXの専門知識や経験を持った専門家を巻き込み、効果的に進めることが成功への確実な方法です。
DAPがDXの失敗を防ぐ
多くのDXプロジェクトが失敗に終わる中、デジタルアダプションプラットフォーム(DAP)はこれらの解決策として注目されています。DAPは導入したテクノロジーを従業員が使いやすいように、直感的なガイダンスや状況に応じたサポートを提供します。デジタルガイドのように機能し、新しいシステム内にステップごとに指示を出したり、ウォークスルーガイドでリアルタイムにユーザーをサポートします。
DAPの役割はこれだけにとどまりません。様々なテクノロジーにおけるユーザーデータを活用し、よくつまづいている箇所など、定着化の妨げになっている点を特定し、それらを解消します。DAPを活用することでテクノロジーツールの価値を最大化するだけでなく、従業員の業務効率化を実現することができるのです。DXを推進する中で、効果を感じられないとお困りの方や、ご興味のある方はぜひお問い合わせください。