企業は急速に進化するデジタル技術を活用するため、熾烈な競争をしています。あらゆるビジネスの領域でこれらの技術を積極的に取り入れ、業務の改善を図る動きが広がっています。これが「デジタルトランスフォーメーション(DX)」です。世界の企業は、DXによって業務を根本から変革しようとしているのです。
この流れにより、ビジネスモデルの再構築が進み、プロセスの再設計や組織文化の変革が起こっています。また、テクノロジーの導入が進む中で、AIを活用したワークフローの統合も加速しています。特にAIの発展は人とテクノロジーとの関わり方を根本的に変える可能性があるとして大きな注目を集めています。
この記事では、DXにおけるAIの役割と、それがビジネスの未来に与える影響を探ります。また、AIを中心としたDXの具体的な事例や、その利点や課題についてもご紹介します。
デジタルトランスフォーメーションにおける人工知能(AI)の活用とは?
データを活用してコンピュータをトレーニングし、人間が行うような動作を模倣させる人工知能(AI)は、機械学習(ML)アルゴリズムや自然言語処理(NLP)に依存して学習、問題解決、パターン認識など複雑なタスクの完遂を行います。
マッキンゼーの最新の研究によると、生成AIは年間で2.6兆ドルから4.4兆ドルの影響を及ぼすと予測されています。AIにより、以下のような技術をDXで活用することができます。
- 機械学習(ML) アルゴリズムは大量のデータを分析してパターンやトレンドを特定します。企業はこれらの洞察を活用し、プロセスの改善や正確な予測に繋げ、データに基づいた意思決定で、DXを推進します。
- ディープラーニング(DL) はMLの一部であり、画像認識やNLPなどのタスクに優れています。デジタルトランスフォーメーションにおいては、DLは顧客レビューの分析、設備データの異常検知、マーケティングキャンペーンのパーソナライゼーションなどに活用されます。
- 自然言語処理(NLP) は、人間の言語を理解する技術です。DXでは、これを活用してカスタマーサービスのチャットボットを作成したり、ソーシャルメディアの感情分析を行ったり、文書処理を自動化します。
では実際にAIはデジタルトランスフォメーションをどのように変えているのでしょうか。AIが実現するDXについて詳しく見ていきましょう。
- 顧客体験(CX)の向上
AIをチャットボットに活用し、24時間体制で顧客の問い合わせに対応する企業が増えています。金融から医療まで、さまざまな業界でAIチャットボットで迅速かつ的確に顧客対応を行い、優れた顧客体験を提供しています。 - データ分析の変革
AIはデータ分析にも革命をもたらしています。従来の手動でのデータ分析には限界がありましたが、AIは膨大なデータセットを瞬時に解析し、人間の目では見逃してしまう微細なパターンやトレンドを発見します。データに基づく迅速で的確な意思決定が可能となり、業務の効率性が向上します。 - AIによるコーディング支援
ソフトウェア開発の分野でも、AIは大きな影響をもたらしています。AIコーディングアシスタントは、開発者の仮想コラボレーターとして、コードの修正提案、バグの検出、コードスニペットの生成などを行います。開発スピードが向上し、コードの品質も保たれるため、開発者と企業の双方にとってメリットがあります。 - プロアクティブメンテナンス(予知保全)の強化
AIはプロアクティブメンテナンスの分野でも重要な役割を果たしています。
従来のリアクティブメンテナンス(事後保全)とは異なり、AIアルゴリズムはリアルタイムデータを分析し、正常値からの微妙な逸脱を検知することで、将来の故障を予測します。
これにより、故障する前にターゲットを絞ったメンテナンスを実施でき、ダウンタイムを最小限に抑え、修理コストを削減し全体の業務効率を向上します。
AIを活用したデジタルトランスフォーメーションの実例
次に実際に企業がどのようにAIを活用して業務を変革しているかを見てみましょう。
JPMorgan Chase社のAI活用
総合金融サービスを提供するJPMorgan Chase社は何十年も前からプレディクティブAIや機械学習を活用してきました。これまでに大量の取引データを分析し、マーケティング、詐欺検知、リスク軽減などの分野で活用しています。
AIアルゴリズムで取引データのパターンを分析し、不審な行動をリアルタイムで検知して、詐欺リスクを迅速に警告します。これにより、財務損失を最小限に抑え顧客の保護に寄与しています。
CVS社とMicrosoft社の連携
アメリカを拠点とする大手ヘルスケアおよび薬局チェーンのCVSもテクノロジー活用を強化しています。2021年12月、CVSはMicrosoftと提携し、AIおよびクラウドコンピューティングソリューションを導入しました。AIで処方箋の処理を効率化し、CVSのスタッフが患者との対話に集中できるようにした上、高度な機械学習モデルでロイヤルティプログラムを構築し、ターゲットを絞った健康アドバイスを提供しました。
また、Microsoft HoloLensやDynamics 365 Guides、Remote Assistなどのツールを利用し、従業員がハンズオンで学習できるサポートを提供し、スタッフのトレーニング方法や患者支援を改革しています。
NikeのAI企業の買収
アスレチックウェアのグローバルブランドのNikeは、デジタル領域を強化するためにAIに関連するZodiac社、Invertex社、Celect社などを買収してきました。Zodiac社は消費者データ分析に特化しており、AI技術を使って顧客データを分析しパターンを特定することでプロモーションやロイヤルティプログラムを顧客ニーズに合わせてカスタマイズしています。
またInvertex社のコンピュータビジョン技術を活用し、Nike Fitアプリで顧客の足を正確にスキャンし、最適な靴のサイズをレコメンドすることでショッピング体験を向上させ、売上増加に貢献しています。
また、Celect社のAIを活用した在庫最適化で適切な製品をタイムリーに店舗に届け、サプライチェーン管理を行うことで顧客満足度を向上させ、無駄を削減しています。
AIを使ったデジタルトランスフォメーションの利点
AIを使ったデジタルトランスフォーメーションには利点も、課題もあります。それぞれご紹介しましょう。
- データの明確化
膨大なデータの中から有効なインサイトを引き出すのは容易ではありません。AIは迅速に大量のデータを解析し、隠れたパターンを見つけ出すため、データに基づいた意思決定が可能になり、プロセスの最適化や予測精度の向上を実現します。 - パーソナライズされたエンゲージメント
AIは顧客とのやり取りを詳細にパーソナライズし、優れた顧客体験を実現します。例えば過去の購入履歴や閲覧行動に基づいて商品を推薦したり、カスタマーサービスをパーソナライズしたりすることで、顧客のエンゲージメントとロイヤルティを深めます。 - 自動化による効率向上
AIによる自動化で反復作業を代行することで、従業員がより価値の高い仕事に集中できるようになり、生産性の向上と従業員満足度を向上します。 - リアルタイムの分析
AIはリアルタイムでデータを分析し、24時間体制でビジネスの意思決定を支援します。トレンドや顧客のニーズを迅速に把握し必要に応じて調整します。 - イノベーションの推進力
AIはデータを通じて、改革を推進します。工場で人とロボットが協働したり、AIで医師の診断や治療の精度を向上させるなど、その可能性は無限です。
AIを活用したデジタルトランスフォメーションの課題
マッキンゼーの調査によると、「パフォーマンス向上のためにDXを実施する企業は70%の確率で失敗する」と報告されています。AIを活用したDXにおいて企業が直面する代表的な課題をご紹介します。
- データ不足
AIには大量のデータが必要ですが、多くの企業ではAIを効果的にトレーニングするために必要なデータの質が揃っていません。クリーンなデータが十分になければ、AIアルゴリズムが不正確または誤ったインサイトを生成してしまうリスクがあります。 - 人材不足
AIを実装し、管理するためには高度なスキルを持つ人材が必要です。しかし、データサイエンス、機械学習、AIエンジニアリングの専門知識を持つ人材を確保することは難しく、多くの企業が苦戦しています。 - 既存システムやワークフローへのAI統合
スムーズに既存システムやワークフローへAIを統合するには、インフラストラクチャのアップグレード、データセキュリティプロトコル、チェンジマネジメント戦略を検討する必要があります。 - 倫理的懸念
AIアルゴリズムは、トレーニングに使用するデータからバイアスを引き継ぐ可能性があります。公平でバイアスがなく、透明性が確保されていることを保証する必要があります。 - 投資コスト
AIの実装には多額のコストがかかります。必要な技術の取得や、スキルを持つ人材の採用にかかる費用は高額です。AIの導入前にそのコストとメリットを慎重に評価する必要があります。
AIとDXのこれから
AIは人とテクノロジーの関わり方を変えました。ChatGPTは情報へのアクセス方法を、Midjourneyは画像やアートのコンセプトを改革しましたが、これらのテクノロジーは適切に実装されなければ、バイアスや差別、データプライバシーの侵害、さらには社会的操作といったリスクを伴うこともあります。
AIの能力を最大限に活用するためには、企業は責任を持って段階的に導入する必要があります。また、従業員がAIモデルを倫理的に使用し、管理し、解釈できるようにスキルを向上させることや、ガバナンスやコンプライアンスの重要性を理解し、データ倫理を確立することも重要です。
WaveStoneの調査では、データ倫理に対する関心の欠如が明らかになっています。たった44.1%の組織しか責任あるデータとAIの利用に関する方針を持っておらず、さらに懸念されるのは、業界全体がこの問題を真剣に受け止めていると考える回答者がわずか21.6%しかいないという点です。
AIを活用しDXを推進する上で、企業はこれらを受け止め、持続可能な価値を創造することが求められています。